大判例

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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)140号 判決 1993年3月25日

東京都羽村市栄町3丁目1番地の5

原告

株式会社カイジョー

(旧商号 海上電機株式会社)

代表者代表取締役

馬島力

訴訟代理人弁護士

八幡義博

東京都武蔵村山市伊奈平2丁目51番地の1

被告

株式会社 新川

代表者代表取締役

新井和夫

訴訟代理人弁護士

土肥原光圀

同弁理士

田辺良徳

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第9932号事件について平成3年4月10日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「半導体ワイヤボンディングにおけるワイヤ切れ検出方法」とする発明(以下「本件発明」という。)に係る特許第1071882号(昭和51年3月5日出願、昭和54年10月31日出願公告、昭和56年11月30日設定登録、以下「本件特許」という。)の特許権者である。原告は、平成2年6月14日、被告を被請求人として、本件特許を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は、この請求を平成2年審判第9932号事件として審理した結果、平成3年4月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

2  本件発明の要旨

ワイヤの先端に電気トーチの放電によりボールを形成し、電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出してワイヤ切れの判別を行なうことを特徴とする半導体ワイヤボンディングにおけるワイヤ切れ検出方法。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

審決の理由の要点は、別添審決書写しの理由欄記載のとおりである。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点のうち、本件発明の要旨認定、審判手続における原告(請求人)の主張内容、原告の提出した甲第1号証(特開昭47-859号公報、本訴における甲第3号証)及び第2号証(特公昭36-2799号公報、本訴における甲第4号証)、(以下本訴における書証番号を挙示する。)に審決摘示の記載があること、本件発明と甲第3号証記載のものとの共通点及び相違点が審決摘示のとおりであること、甲第3号証の記載は、単に球状部分の形成に必要なエネルギー及び温度が放電時間、電極間の距離及び電位差に依存することを述べるに止まっていること、甲第4号証記載のものは、火花放電を利用する点で本件発明と共通していること、本件発明の明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明には、電流を検出する位置、検出手段、電流とボールの出来工合の関係についての具体的な記載がないことは認めるが、その余は争う。

審決は、本件発明の進歩性についての判断を誤り、かつ、本件明細書の発明の詳細な説明は特許法36条4項に違反しないと誤って判断して、本件発明を無効とすることはできないとしたものであるから、違法として取消しを免れない。

(1)  進歩性についての判断の誤り(取消事由1)

イ 半導体ワイヤボンディングにおいて、ワイヤ切れが発生した場合には、<1>キャピラリの先端からワイヤが全く出ていない、<2>キャピラリの先端からワイヤが出ているが短かすぎる、<3>キャピラリの先端からワイヤが出ているが長すぎる、のいずれかであることは当業者にとって周知のことであり、そのような状態でワイヤと電気トーチとの間に高電圧を印加した場合、<1>の場合には放電電流が流れず、<2>の場合には放電電流が流れないか、あるいは少なく、<3>の場合には放電電流が大きいか、あるいは接触による大電流が流れることは当然のことである。このように、ワイヤに流れる放電電流を測定し、ワイヤが所定の位置になければ、それが正常値の範囲より大きいか小さいか、零であるかのいずれかであるから、この点を観測していれば、ワイヤ切れがあったことが判るということも極めて当然のことである。したがって、本件発明における「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検知してワイヤ切れの判別を行なう」ことは、当業者であれば何ら発明的努力を要することなく極めて容易に想到し得ることである。そうすると、本件発明は、「ワイヤの先端に電気トーチの放電によりボールを形成して行なう半導体ワイヤボンディング方法」である甲第3号証記載の発明に当業者が極めて容易に想到し得る着想を単に適用したものにすぎず、同号証記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものというべきである。

ロ 本件発明及び甲第4号証記載の発明は、いずれも火花放電加工技術である点で共通しており、更に、その加工の進み工合、すなわち、前者ではボール形成の有無及び形成された場合のボールの大きさ、後者では削られた部分の深さをそれぞれ把握するのに放電電流を検出測定して判別しているという点で共通している。放電による加工の進み工合を把握するのに放電電流を検出測定するという技術は、火花放電加工技術がどのような装置にどのような形で応用されようとも共通する技術であって、放電時間の長短や、溶かされた部分が残されるか除去されるかというようなことや、被加工金属体の大小には係わりのないことである。このように、甲第4号証記載の発明は本件発明と技術分野を共通にするものであるから、同号証記載の火花放電加工技術を甲第3号証記載の発明に適用して本件発明を想到することは当業者において容易になし得ることというべきである。

ハ 以上のとおりであるから、本件発明は、甲第3号証及び第4号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないとした審決の判断は誤りである。

(2)  特許法36条4項違反はないとした判断の誤り

イ 審決は、電流を検出する位置及び検出手段は本件発明を実施するに当たって当業者が任意に決定し得る設計的事項にすぎないとしているが、誤りである。

本件発明の特徴は、「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出してワイヤ切れ及びボールの出来工合を判別する」という点にあるから、電流を検出する位置及び検出手段が単なる設計的事項ということはできず、本件明細書の発明の詳細な説明に開示が必要なものである。

被告は、電流を検出する位置について、ワイヤに流れる電流が伝わる箇所であればどこでもよい旨主張する。しかし、被告は、名称を「半導体ワイヤボンダにおけるワイヤ切れ検出方法」とする発明の特許出願(昭和51年11月8日付け、昭和51年特許願第133213号、以下「後願」という。)に関して提出した昭和57年4月30日付け意見書(甲第7号証)において、「引例(注 本件発明のこと)は、電気トーチの放電時に半導体部品接続用のワイヤに流れる電流を検出するので、電流検出器をキャピラリとワイヤホルダーの間の狭い場所に配置しなければならない。」旨主張しているのであるから、電流を検出する位置は、ワイヤに流れる電流が伝わる箇所であればどこでもよいということにはならないはずであって、意見書におけるこの主張は、本件発明を解釈するに当たって参酌されて当然である。また、上記意見書による主張に照らしても、電流検出器の位置は、本件発明を実施するに当たって任意に決定し得る設計的事項ではなく、本件明細書に明記されるべき事項であることは明らかである。

次に、被告は、電流検出手段について、ワイヤに流れる放電電流は通常の電流測定技術によって検出することができる旨主張するが、本件発明においてワイヤに流れる放電電流は、放電が瞬間的な火花放電であるため瞬間的なパルス状の電流であって、ある程度継続的に流れている通常の直流電流や交流電流を測定する手段で測定することはできないものであるから、当業者が本件発明を容易に実施し得るためには本件明細書に検出手段の開示が必要である。なお、被告が援用する乙第1号証の1ないし4記載の技術は、パルス状の電流の測定技術に関するものではない。

ロ 本件発明は、放電電流の値とボールの出来工合との間に一定の関係があることを前提として、ボールの出来工合(大きさ、形状)を、放電電流を検出測定することにより判別し、ボールの出来工合が予め定められた適正範囲に達しなかったり、越えてしまったりした場合にはワイヤ切れが発生したと判断するものであるから、ワイヤ切れとボールの出来工合は表裏一体の関係にあり、その前提をなす放電電流とボールの出来工合の関係は本件発明における重要事項である。

したがって、電流とボールの出来工合の関係については、本件発明の目的であるワイヤ切れの判別に必須の事項ではないとした審決の判断は誤りである。

ハ 以上のとおりであるから、本件明細書の発明の詳細な説明に電流を検出する位置、検出手段、電流とボールの出来工合の関係について具体的記載がないことにより、当業者が容易に本件発明を実施できないということはできないとした審決の判断は誤りである。

第4  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断に誤りはない。

2(1)  取消事由1について

イ 半導体ワイヤボンディングにおいて、ワイヤ切れが発生した場合にキャピラリの先端からワイヤが出る状態が、原告主張の<1>ないし<3>のようになることは認めるが、そのことが本件発明の出願当時周知であったこと及びそれを前提とする原告の主張は争う。

甲第3号証には、「ワイヤの先端に電気トーチの放電によりボールを形成する半導体ワイヤボンディング」が開示されているのみであり、「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出してワイヤ切れの判別を行なう」点は全く開示されていないのであるから、本件発明は同号証記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものである旨の原告の主張は理由がない。

ロ 甲第4号証記載の発明は、火花放電を利用する点で本件発明と共通しているにすぎず、本件発明とは技術分野を異にしている。すなわち、本件発明の属する技術分野は半導体部品の組立て、ないしはボンディングに関するものであるのに対し、同号証記載の発明は放電による切削加工技術に関するものである。また、本件発明が対象とするボール形成は、瞬間的に放電を行うのみであるのに対し、同号証記載のものは、被加工体に連続的に放電を行うものであるし、本件発明は、放電によって溶かされたワイヤ(溶かされたもの)自体を対象とし、また溶かされたワイヤは溶かされないワイヤ部分に残すのに対し、同号証記載のものは、溶かされたものは除去し、溶かした後のものが対象となる。このように、本件発明と甲第4号証記載の発明とは技術分野を異にするうえ、同号証には、加工電極の送り電動機の制御のための放電電流の検出に関することが記載されているにすぎず、ワイヤ切れについて何ら示唆する記載はないから、当業者が、同号証の記載から、本件発明における「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出してワイヤ切れの判別を行なう」点を容易に導き出し得るとはいえない。

ハ 以上のとおりであるから、本件発明は甲第3号証及び第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないとした審決の判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

イ 電流を検出する位置については、ワイヤに流れる電流が伝わる箇所であればどこでもよいことはいうまでもない。すなわち、ワイヤに電気トーチによって放電させることは、ワイヤの先端と電気トーチに高電圧源によって電圧をかけることである。したがって、例えば放電時にワイヤに流れる電流をワイヤ自体によって、または高電圧源の一端が導線を用いてワイヤクランパに接続されている場合には、高電圧源とワイヤクランパを結ぶ導線にはワイヤに流れる電流が流れるので該導線に流れる電流を測定すればよいことは、本件発明を知れば、当業者であれば容易に想定できることである。

なお、甲第7号証の意見書提出時には、本件発明に係る特許権はすでに確定していたものであるから、同意見書の内容が本件特許の効力に影響を及ぼすことはない。したがって、意見書の内容は、本件発明を解釈するに当たって当然参酌されるべきである旨の原告の主張は理由がない。

次に、本件発明における電流の検出が、通常の電流測定技術によって行うことができることはいうまでもない。そして、パルス状の電流を検出する技術としては、例えば、「トランジスタ技術」(昭和48年10月号、乙第1号証の1ないし4)の第113頁には、電流Iの流れる回路に挿入される抵抗1Ωの両端に現れる電圧を増幅して電流に比例した電圧を出力として取り出すものが記載されており、このようなアナログ信号をAD変換器でディジタル信号に変換させ、この信号をマイクロコンピュータで読み込むことにより電流を測定する程度のことは当業者の技術常識である。

したがって、電流を検出する位置及び検出手段は、本件発明を実施するに当たって当業者が任意に決定し得る設計的事項にすぎないとした審決の判断に誤りはない。

ロ 本件発明において、ボールの出来工合を判別するとは、放電により形成されたボールがボンディングに適するかどうかを判別することであり、それ以上に詳細な判別を目的とするものではない。

したがって、電流とボールの出来工合の関係については、本件発明の目的であるワイヤ切れの判別に必ずしも必須の事項ではないとした審決の判断に誤りはない。

そして、本件明細書には、通常の場合の正常値につき、「電流は、電圧及びボール成形の大きさ等によって異なるが、800~2000Vの場合、10~15mAの電流が流れる。」(甲第2号証第2頁3欄11行ないし13行)と記載し、また、ワイヤの正常な切断が行われなかった場合につき、「ワイヤ1に流れる電流は正常なボール成形時に流れる電流に比較して大きな差が生じる。」(同欄6行ないし8行)と説明されているのであるから、更に詳しい電流とボールの出来工合についての具体的な説明は要しないものである。

ハ 以上のとおりであるから、本件明細書の発明の詳細な説明に電流を検出する位置、検出手段、電流とボールの出来工合の関係について具体的記載がないことにより、当業者が容易に本件発明を実施できないということはできないとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  本件発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本件発明の特許公報)によれば、次の事実が認められる。

従来、半導体ワイヤボンディングにおけるワイヤ切れの検出方法は、半導体部品又は半導体部品の載置されたヒートブロックとクランパー又は工具との間に電圧を加え、その間にワイヤを介して電流を流しておき、ワイヤ切れが生じた場合に電流が遮断することにより検出していた。しかし、この方法は、半導体部品のリード側が絶縁されているものは検出できず、また、ワイヤ切れを検出するのみで、トーチにより形成されたボールの出来工合を判定することは困難で、そのため常に安定した品質を維持してボンディングを行うことができなかった。

本件発明は、半導体部品のリード側が絶縁されているか否かにかかわらず全てのものに適用できると共に、ボールの出来工合も判別できるワイヤ切れ検出方法を提供することを目的とするものであり、その要旨のとおりの構成により、ボール成形時に流れる電流によって判別するため、リード側が絶縁されていても何ら支障を来さないし、ボールの出来工合もワイヤ切れの判別と同時に検出可能であるので、常に良品質のボンディングを行うことができるものである。

3  審決の取消事由に対する判断

(1)  取消事由1について

イ  甲第3号証及び第4号証に審決摘示の記載があること、本件発明と甲第3号証記載のものとの共通点及び相違点が審決摘示のとおりであること、甲第3号証の記載は、単に球状部分の形成に必要なエネルギー及び温度が放電時間、電極間の距離及び電位差に依存することを述べるに止まるものであること、甲第4号証記載のものは、火花放電を利用する点で本件発明と共通していることは、当事者間に争いがない。

ロ  上記のとおり、甲第3号証には、「ワイヤの先端に電気トーチの放電によりボールを形成する半導体ワイヤボンディング」に関することが、球状部分の形成に必要なエネルギー及び温度は放電時間、電極間の距離及び電位差に依存することと共に開示されているが、「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出してワイヤ切れの判別を行なう」点については記載されていないし、これを示唆するところもないのであるから、同号証記載の発明に基づいて本件発明を想到することはできないものというべきである。

ところで、半導体ワイヤボンディングにおいて、ワイヤ切れが発生した場合に、<1>キャピラリの先端からワイヤが全く出ていない、<2>キャピラリの先端からワイヤが出ているが短かすぎる、<3>キャピラリの先端からワイヤが出ているが長すぎる、という状態になることは当事者間に争いがないところ、原告は、請求の原因4項(1)イ記載の理由により、「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検知してワイヤ切れの判別を行なう」ことは、当業者であれば何ら発明的努力を要せずして容易に想到し得る着想であるから、本件発明は、甲第3号証記載の発明に上記着想を単に適用したものにすぎない旨主張する。

しかしながら、半導体ワイヤボンディングにおいて、ワイヤ切れが発生した場合に上記<1>ないし<3>の状態になることが、本件発明の出願当時周知であったことを認めるに足りる証拠はない。そして、上記<1>ないし<3>のような状態でワイヤと電気トーチとの間に高電圧を印加した場合、<1>の場合には放電電流が流れず、<2>の場合には放電電流が流れないか、あるいは少なく、<3>の場合には放電電流が大きいか、あるいは接触による大電流が流れることが、技術的に必ずしも当然のことであるとはいえないものと考えられる。すなわち、電流の流れる状態(電流の大小等)が電極の配置によって異なることは明らかであるところ、例えば、甲第3号証記載のものにおいてワイヤ切れが発生した場合、上記<1>ないし<3>の状態になるものと想定されるが、同号証の第2図(別紙図面2参照)記載の電極の配置によれば、このような状態でワイヤと電気トーチとの間に高電圧を印加した場合に電流の流れる状態は、必ずしも上記のような態様にはならないものと考えられる。更に、本件発明の出願当時、半導体ワイヤボンディングにおけるワイヤ切れの検出方法として採用されていたものは、前記2項に認定のようなヒートブロックとクランパー又は工具との間の通電の有無により検出する方法であって、ワイヤ切れを検出するために、ワイヤに流れる放電電流を測定し、それが正常値の範囲より大きいか小さいかを観測するといった方法はなかったのであるから、ワイヤに流れる放電電流を検出測定することによってワイヤ切れを判別しようとする着想自体新規なものというべく、しかも、この方法により従来法では検出できなかった半導体部品のリード側が絶縁されているものについても検出できる効果を奏するものであるから、本件発明における「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出してワイヤ切れの判別を行なう」ことが何ら発明的努力を要することなく容易に想到し得たものと認めることはできない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

ハ  上記争いのない事実及び成立に争いのない甲第4号証によれば、甲第4号証記載の発明は、「衝撃波発生用蓄電器の充電電荷を加工電極と被加工体とよりなる放電加工間隙を介して放出し、被加工体の加工を行うに際し上記蓄電器の放電回路にサーモカップルの熱線を直列に挿入して放電電流の実効値或は之に応じた電圧を取り出し、一定標準電圧と比較することにより加工電極の送り用電動機を制御し、正常放電間隙で最大電流を流すようにすることを特徴とする火花放電加工装置。」に係るものであって、放電電極の現在位置での深さが所定の深さに達しているか否かを放電電流を検出測定することにより判別しており、所定の値に達したか否かは所定の値を予め設定しておき、所定の値に達したときにそのことを示す信号を出力し、それを利用して放電電極移動用の電動機を駆動していること、すなわち、火花放電により削られた深さ、すなわち加工の進み工合を放電電流を検出測定することにより行っているものであることが認められる。これに対し、前掲甲第2号証によれば、本件発明においては、「ボール1aの成形に電気トーチ7を使用し、この電気トーチ7によりワイヤ1に高電圧を加え、放電した時にワイヤ1に流れる電流を測定し、その電流のバラツキによりワイヤ切れ及びボールの出来工合を判別するものである。」(同号証第1頁2欄28行ないし33行)ことが認められる。

したがって、本件発明と甲第4号証記載の発明とは、火花放電加工技術である点で共通しており(この点は当事者間に争いがない。)、更に、加工の進み工合(本件発明ではボールの出来工合、甲第4号証記載の発明では削られた部分の深さ)を把握するのに放電電流を検出測定して判別している点でも共通しているということができる。

しかし、甲第4号証記載の発明において、放電電流を検出して削られた部分の深さを判別している目的は、放電電極移動用の電動機を駆動するためであり、同号証には、ワイヤ切れの判別について示唆する記載は全くないのであるから、同号証記載の発明から、ワイヤ切れを判別する目的で放電電流を検出することは容易に想到し得ることではないというべきである。したがって、甲第4号証記載の発明により放電電流の検出を知ったとしても、これを甲第3号証記載の発明に転用して、本件発明を想到することは容易になし得ることではない。

ニ  以上のとおりであるから、本件発明は、甲第3号証及び第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

イ  本件明細書の発明の詳細な説明において、電流を検出する位置、検出手段、電流とボールの出来工合の関係について具体的な記載がないことは、当事者間に争いがない。

ロ  本件明細書の発明の詳細な説明中の「本発明においては、前記ボール1aの成形に電気トーチ7を使用し、この電気トーチ7によりワイヤ1に高電圧を加え、放電した時にワイヤ1に流れる電流を測定し、その電流のバラツキによりワイヤ切れ及びボールの出来工合を判別するものである。」(前掲甲第2号証第1頁2欄28行ないし33行)との記載及び同号証記載の図面(別紙図面1参照)に照らすと、本件発明において、高電圧が印加されている電気トーチ7は電気的にワイヤ1に接続され、閉回路が形成されているものと認められ、放電時にはこの閉回路に放電電流が流れることになるが、その場合の放電電流の大きさは閉回路のどの箇所でも同じであるから、ワイヤに流れる電流の検出は、当業者において検出に都合の良い任意の箇所で行えば足りる事項であるというべきである。

したがって、「電流を検出する位置は、本件発明を実施するに当たって当業者が任意に決定し得る設計的事項にすぎない」とした審決の判断に誤りはない。

なお、成立に争いのない甲第5号証ないし第7号証によれば、被告は、昭和51年11月8日、名称を「半導体ワイヤボンダにおけるワイヤ切れ検出方法」とする発明につき特許出願(後願)したこと、後願の当初明細書に記載された特許請求の範囲は、「電気トーチをスパークさせてワイヤの先端にボールを作る時、このスパーク電流を導く導線に流れる電流を検出コアにより検出してワイヤ切れの判定を行なうことを特徴とする半導体ワイヤボンダにおけるワイヤ切れ検出方法。」であること、特許庁は、後願は本件発明と同一であることを理由として(電流を検出するのに検出コアを用いることは周知慣用の技術である旨付記)、昭和57年3月1日付けで拒絶理由通知を発したこと、これに対し、被告は、同年4月30日付け意見書(甲第7号証)において、「引例(本件発明のこと)は、電気トーチの放電時に半導体部品接続用のワイヤに流れる電流を検出するので、電流検出器をキャピラリとワイヤホルダーの間の狭い場所に配置しなければならない。」旨主張したこと、以上の事実が認められる。

上記認定のとおり、被告は、後願の審査過程において提出した意見書で、本件発明における電流検出器はキャピラリとワイヤホルダーの間に配置するものである旨主張しているが、本件発明の技術的内容は、本件明細書に記載されたところに従って客観的に把握されるべきであって、本件発明とは直接関係のない後願の審査過程における意見を参酌して解釈すべき必然性はなく、また、本件発明の特許請求の範囲において、電流検出器の設置箇所は何ら特定されておらず、前記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明によっても、電流の検出位置は任意に決定し得るものであるから、本件発明を解釈するに当たっては上記意見書における主張も参酌されるべきであり、電流検出器の位置は本件明細書に明記されるべきである旨の原告の主張は採用できない。

ハ  本件明細書の発明の詳細な説明中の「本発明においては、前記ボール1aの成形に電気トーチ7を使用し、この電気トーチ7によりワイヤ1に高電圧を加え、放電した時にワイヤ1に流れる電流を測定し、」(前掲甲第2号証第1頁2欄28行ないし31行)、「なお、電流は電圧及びボール成形の大きさ等によって異なるが、800~2000Vの場合、10~15mAの電流が流れる。」(同第2頁3欄11行ないし13行)との各記載によれば、本件発明において、ワイヤ1に電気トーチ7から800~2000Vの高電圧が印加され、放電すると、瞬時的に放電電流が流れるであろうこと、そして、その電流の大きさは10~15mAであると認められるが、「トランジスタ技術」(昭和48年10月1日発行、成立に争いのない乙第1号証の1ないし4)の第113頁によれば、パルス状の放電電流を測定する技術は周知のものであることが認められるから、本件発明における電流検出も周知の電流測定技術によって行うことができるものと認められる。

したがって、「検出手段は、本発明を実施するに当たって当業者が任意に決定し得る設計的事項にすぎない」とした審決の判断に誤りはない。

ニ  本件明細書の発明の詳細な説明には、ワイヤ切れとボールの出来工合との関係について、「本発明においては、・・・放電した時にワイヤ1に流れる電流を測定し、その電流のバラツキによりワイヤ切れ及びボールの出来工合を判別するものである。即ち、ボンディング途中にワイヤ切れが生じた場合は、・・・工具3よりワイヤ1は突出していなく、電気トーチ7を放電してもワイヤ1には電流が流れない。また、クランパー2によりワイヤ1を切断する時に、正常な切断が行なわれなかった場合は、・・・ワイヤ1に流れる電流は正常なボール成形時に流れる電流に比較して大きな差が生じる。そこでワイヤに流れる電流を測定することにより、ワイヤ切れ及びボールの出来工合を判別することができる。」(前掲甲第2号証第1頁2欄28行ないし第3頁3欄10行)と記載されているとおり、本件発明においては、ワイヤに流れる放電電流を測定することにより、ワイヤ切れのみならず、ボールの出来工合(大きさ、形状)も判別することができるのであるから、その点では、ワイヤ切れとボールの出来工合は技術的に密接な関係があるものと認められる。しかしながら、本件発明においては、ボールの出来工合が予め定められた適正範囲に達しなかったり、越えてしまったりした場合にワイヤ切れが発生したと判断するものではないこと、換言すれば、ボールの出来工合が判らなければワイヤ切れの判別ができないというものでないことは、本件明細書の上記記載に照らしても明らかである。

したがって、「電流とボールの出来工合の関係については、本件発明の目的であるワイヤ切れの判別に必ずしも必須の事項ではない」とした審決の判断に誤りはない。

ホ  以上のとおりであって、取消事由2は理由がない。

4  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

平成2年審判第9932号

審決

東京都西多摩郡羽村町栄町3丁目1番地の5

請求人 海上電機株式会社

東京都八王子市旭町11番8号 アクセスビル9階 八幡法律特許事務所

代理人弁理士 八幡義博

東京都武蔵村山市伊奈平2丁目51番地の1

被請求人 株式会社新川

東京都渋谷区代々木2丁目20番2号 美和プラザ新宿204号

代理人弁理士 田辺良徳

上記当事者間の特許第1071882号発明「半導体ワイヤボンデイングにおけるワイヤ切れ検出方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

本件特許第1071882号(昭和51年3月5日出願、昭和56年11月30日設定登録。以下「本件発明」という)の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載のとおり、「ワイヤの先端に電気トーチの放電によりボールを形成し、電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出してワイヤ切れの判別を行なうことを特徴とする半導体ワイヤボンディングにおけるワイヤ切れ検出方法」にあるものと認める。

これに対し、請求人は、(1)本件発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、本件発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたと主張し(第1の理由)、また併せて、(2)本件発明の明細書の発明の詳細な説明には、当業者が当該発明を容易に実施できる程度に発明の構成が記載されていないから、本件発明の特許は、特許法36条第4項に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたと主張している(第2の理由)。そして第1の理由に対して、証拠方法として甲第1号証及び甲第2号証を提出している。

そこで、まず第1の理由について検討する。

請求人の提出した甲第1号証には、「針金の接続すべき端部に溶着箇所を形成するように局部的に溶融して球状部分を形成し突合わせ溶接を含む熱圧接合によって針金を半導体装置に接続するに際し、球状部分を2個の電極間の電気火花放電によって形成し、2個の電極の一方を針金自身で構成する熱圧接合による針金溶着方法」において、「放電時間を制御するとともに電極と針金との間の距離及び電位差を制御することによって、針金の端部に球状部分を形成するに十分に大きなエネルギー及び温度を発生させることができる」ことが記載され、また同じく甲第2号証には、火花放電加工装置において、「従来一般に行なわれている加工間隙電圧或いは電流の平均値に応じた電圧を一定標準電圧と比較して加工電極の送り電動機を制御すること」「サーモカップルの熱線を衝撃波発生用蓄電器とを直列にして、火花放電加工間隙に上記蓄電器の放電電流が流れる際に上記サーモカップルにより、上記放電電流の実行値に応じた値を取り出して一定標準電圧と、上記放電電流の実行値に応じた電圧との比較により、加工電極の送り電動機を制御すること」が記載されている。

本件発明と前記甲各号証に記載のものとを比較検討すると、甲第1号証に記載における「針金」「球状部分」「電気火花放電」「針金を半導体装置に接続」は、本件発明における「ワイヤ」「ボール」「電気トーチの放電」「半導体ワイヤボンディング」に相当するものであるから、本件発明と甲第1号証に記載のものとは、「ワイヤの先端に電気トーチの放電によりボールを形成する半導体ワイヤボンディング」に関する点で共通しているが、甲第1号証には、本件発明の構成要件である「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出してワイヤ切れの判別を行なう」点が記載されていない点で相違している。そして、甲第1号証の記載は、単に球状部分の形成に必要なエネルギー及び温度が放電時間、電極間の距離、及び電位差に依存することを述べるに止まっており、このような記載から、ワイヤ切れに関する前記の構成要件を、当業者が容易に推考し得るものとすることはできない。

また甲第2号証に記載のものは、火花放電を利用する点で、本件発明と共通しているに過ぎず、本件発明とは技術分野を異にしている。そして、甲第2号証に記載のものは、加工電極の送り電動機の制御のための放電電流の検出に過ぎず、ワイヤ切れについて何ら示唆する記載はないから、このような記載により当業者が、本件発明の構成要件である「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出してワイヤ切れの判別を行なう」点を容易に導き出し得るとはいえない。

したがって、本件発明が、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

次に、第2の理由について検討する。

本件発明の明細書の発明の詳細な説明において、電流を検出する位置、検出手段、電流とボールの出来工合の関係について具体的な記載はないが、電流を検出する位置及び検出手段は、本件発明を実施するにあたって当業者が任意に決定し得る設計的事項に過ぎず、また電流とボールの出来工合の関係については、本件発明の目的であるワイヤ切れの判別に必ずしも必須の事項ではない。したがって、これらについて具体的記載がないことにより、当業者が容易に実施できないということはできない。

以上のとおり、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件発明の登録を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年4月10日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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